018.情緒不安定


あ〜イライラするッ。

4月7日、火曜日。

入学式一日前。

粛然たるべき生徒会室は、さっきからどたばたどたばたと人間が入り乱れている。

「会長! 入学式実施要項、裏スケジュールが間違っています!」

「会長! プログラム最終校訂お願いします!」

「京香。 椅子が足りねぇ」

「会長! あの…」

バンッ!!

会長机の前に並んでいた4人は、驚いて首をすくめた。

「よく聴きなさい……、何でもわたしに頼るな! 以上ッ」

三年会計、二年副会長、二年書記、二年会計は、互いに顔を見合わせた。

「すみません」

「ごめんなさい」

「もう頼りません」

「分かれば良いのよ…」

「おまえ、最近キレ過ぎだ」

「は?」

わたしは唯一言い返してきた三年会計、橋本雄大を睨んだ。

「だから、キレ過ぎだっつてんだよ、あァ?」

「うるさいわね! 椅子が足りないくらい、てきとーに対処できるでしょ!?」

「なァ、京香って最近情緒不安定だと思わねぇか?」

橋本はわたしの言葉をさらっと流して、後輩に向かって尋ねた。

「え……? あ、はい。あ、でもそんなことないでもないです…」

わたしと橋本の間に立たされた後輩はしどろもどろに言った。

「湯本君が困ってるじゃない。意地悪いわね、相変わらず」

「おまえだって、人のこと言えねーよ。湯本はおまえにしかできない最終校訂頼みに来たんだぜ?」

わたしは詰まった。

橋本の言うとおり、最終校訂はわたしの担当だった。

確かに最近わたしは情緒不安定だ。

「そうね……、わたしが悪かったわ。ごめんなさい湯本君」

「僕は別に気にしてませんから、会長」

「いいえ、当り散らしたりなんかしてごめんなさい。わたし最近詰まっていて…、そう詰まっているのよ!」

明日は入学式。

新一年生が入ってくる。

第71期生が。

「こんなことしてる場合じゃないのよ!!」 

わたしは、椅子から立ち上がった。

「明日は第71期生徒会会長を選ばなきゃいけないのよ」

そうだ。

わが県立南陽高校の生徒会長は、二代上の生徒会長が、独断と偏見で決めるというのが、生徒会規約第8条第一項にちゃんと記されているのだ。

わたしも第67期生徒会長のその独断と偏見で、第69期生徒会長として選ばれた。

そしてこれから、わたしがわたしの独断と偏見で新生徒会長を選ばなければいけない。

「なんでこんな責任重大なのよ……」

「それくらいできないと、会長とは呼べないだろ?」

突然、懐かしい声が聞こえた。

「会長?!」

「よっ。 久しぶり?」

目の前に現れたのは二年前卒業した第69期生徒会長、久我元也だった。

わたしを選んだ張本人。

「何のようですか?」

「何って、入学式前日に会いに来るっつーことは、生徒会長選抜についてに決まってるだろ? 京香は昔からそうやって当たり前のことを聞いてくるよな」

元会長はつかつかと役員4人を無視して近づいてきた。

「生徒会長をどう選ぶか悩んでるみたいだけど、そりゃわからないだろう。選び方があるんだから」

んなの初耳だ…ッ!

「毎年入学式前日に生徒会長選抜方法を伝授する。それが生徒会裏規約なんだよな」

元会長はくるっと役員たちを振り向いた。

「と、ゆーことだから、キミ達でてってもらえるかな?」

すごすごと全員が出て行った後、元会長は厳かに言った。

「生徒会長、選抜基準は、」

「選抜基準は……?」

「冗談が分かりそうなやつ」

はい?

今なんと?

「何よそれッ。 そんな基準でわたし選ばれたの?!」

「そうだよ」

「何でそんなんなのよ。この学校、生徒会活動、やる気あるの?」

「京香…、それはこの学校においては禁句だ」

「禁句だか禁固だか知らないけど、んな条件でどう選べっていうのよ。これじゃ堂々巡りだわ」

「京香ならできる」

「何よ、その妙な自信」

「俺も選べたんだから、できる」

「もう、知らないッ!!! 用は済んだでしょ、早く出てって!」

「あーはいはい。出てけばいいんでしょ出てけば」

ガラッ。

現会長に追い出された元会長は大袈裟にため息をつきながら生徒会室を出た。

「おまえ達の会長、どうかしたのか?」

「しょうがねぇよ。【情緒不安定】な奴なんだから」

橋本雄大は生徒会室の扉を振り返りながら言った。

「ま、明日の午後には安定するだろ? 元会長」

「新会長の誕生と共にね」

久我元也はくっくっと笑った。

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